行田足袋の歴史

江戸時代 忍藩

行田は江戸時代、忍藩の城下町として発展して
まいりました。
今から300年前頃、江戸より足袋製法が伝えられ、
その技術が広められ、その時の忍藩主・阿部豊後守忠喬
により足袋製造が武士やその家族の仕事として奨励され
ました。

足袋づくり内職する武士

発展の要因の中には材料としての綿織物の八手が現在の
羽生市や茨城県南西部地区から調達できたことや当時の
宿場町として中山道の吹上宿等から江戸への販路確保が
出来たことにあります。

始めは作業用や旅行用として革製の足袋が使われていました
が、1657年(明暦3年)明暦の大火後、革の高騰によりそれに
替わり木綿足袋が使われていくようになりました。

昔の足袋工場

明治に入ると海外からの輸入品や文明開化により多くの
機械が手に入り、技術も進み、銀行からの資金援助により
益々行田足袋産業が盛んになった。

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昭和初期~中期頃にはオレンジ色の部分が全て足袋屋で、
当時は足袋を担保にするまでになった。

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